先月の予告通り、菊龍師匠の稽古会へ。
今回は正しく迷わず、会場に辿り着けた。
まずは、よかった。
師匠、若葉色の絽のお召し物。
この日は三席。
まず、おそらく聴いたことのない、
「鏡ヶ池操松影(かがみがいけ みさおのまつかげ)」
圓朝作。
怨恨、祟りの話。
なんだかねえ、こういうお話って怖い。
呪いで人が死ぬか、それも複数でって、考えれば、あり得ない筈だけど、、、
いやあ、人間の思念は深いから、そういうことも、ないわけじゃない、かも、しれない。
と、気持ちが揺れ動いてしまうのは、すでに圓朝の術中に絡めとられているのかな。
随所に古今亭流と思われるリアルさがちりばめられていて、それが細密に恐ろしさを積み重ねる。
ふと感じた。
いまの作家に例えたら、楳図 かずおって近いかもしれない。
あのいつまでも続いていく恐怖。
終わって、「ぞろぞろ」
気楽で楽しい噺。ほっとする。
そうか、こういうのって、ファンタジーともいう。
そうしてみれば、落語って、ファンタジーが定型のひとつにある。
このオチ、好き。
ちょっと瘤取り爺さんみたいになったら嫌だなあと心配していたら、そうではなかった。
ふたりがお参りにいくのが、お岩神社。
稽古会終了後の雑談で教えていただいたのだが、そもそもあの神社は貞女の鑑だったお岩さんにあやかれるよう、人々が願いを込めて建立されたとか。
え、全然違うじゃないの。
鶴屋南北ががらりと変えてしまい、それが後世まで伝わってしまったなんて。
ひどいな。
南北先生、ちゃんと訂正文書いてくださ~い。
庶民の切ない祈りを恨みにすり替えてはいけませぬ。
最後は「秋刀魚火事」 で手堅くしめて、この日は終了。
それにしても、休憩なしで三席ずっと正座って、菊龍師匠、大丈夫なのだろうか。修行されているとはいえ、たいへんなことである。
来月は井戸茶碗らしい。
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